旧正月二日も(1月27日)大人のかくれ家で
お陰さまで数えで71歳になりました。
本朝の暦は陰暦でしたから、生家では旧正月だった。
すべからく、国民は正月を迎えて、はじめて年齢を重ねることができた。
その年齢の数え方を数え年と呼んだ。
満年齢で年を数えるよになったのは戦後で,
米国など戦勝国の新暦を受け入れた結果であろう。
71歳(満年齢は69歳)と言えばよぼよぼのジイサンを連想したものだが、
まだの壮年期のバリバリだとと思っているから、これが物議の元になる。
1月27日の朝、我が軽トラはかくれ家に近い道路わきに止まった。
そこからかくれ家まで10分だ。
後ろに影が伸びる。
火遊びをしてはならぬ、と子どもの頃に注意を受けたものだが、
マッチを持ち歩いて、春先には畔焼きをして、遊んだものだ。
炭焼きごっごみたいなこともした。
第一、風呂に水を汲み、沸かすのは子どもの仕事だが、マッチをスリ、薪に火をつけるのも子どもだ。
新聞紙と小さな木切れがあれば、さほどむつかしいことではない。
大きな火が燃え出すと、次ぎは神様へのお供えである。
お神酒にサツマイモ、モチ、ネギ、干し柿といった
蕎麦の仲間が助太刀に来てくれた。お陰でいい正月になった。
この日も山ほど行事はある。
(1)焼き芋(金時いも)・・・・濡れた新聞にくるみアルミ箔で包む。これを焚き火の近くに置いておく。
(2)モチを焼いて、熟柿水飴(地方によっては熟柿醤油とも言う)をまぶして食べる。
この水飴は会長宅の熟柿を煮詰めて作ったのを持参した。
(3)干し柿・・・・・正月にはなくてはならぬ。生家ではこれを食べないと年が増えないといわれた。
自分の家で干したつるし柿を持参した。この中で一番豪華なのが祇園坊であろう。
カビがついていないから、合格だろう。お客さまへ食べてもらう、おもてなしの品だ。
(4)手打ちそば・・・・・仲間に打ってもらった。寒いから熱い汁そばにした。
釜からあげると、そのまま器へ。そこへ熱い汁をたっぷり注ぐ。
薬味はネギとテンカス、一味です。これが中々いける。
茹で時間は30-40秒にした。熱い汁を注ぐので食べるまでに、ふやけると想定してのっ時間設定です。
(5) そばがき・・・・・・・経験者はいない。素人衆が始めて挑戦した。 
蕎麦粉と水をまぜて、火にかける。
これは竹炭を利用させてもらった。粘るまで混ぜる。熱いので、ナギリ包丁で取り、まるめて金網におく。
包丁で手にとり、そのまま金網においたのもある。
うすく焦げ目ができたら、砂糖醤油や砂糖をつけて食べた。好評でした。たしかに美味しい。
(6)お神酒・・・・差し入れのビールのほかに冷酒もいただいた。
持つべきはこうした友人だ。ものくれるのが良いともだちだと兼好法師が言ったが
それも真理だ。
(7)寝袋・・・・・・・本当は御殿(ツリーハウスの4畳半の和室)で昼ねをするつもりだったが、
時はまたたく間に過ぎて、寝袋に包まって、寝心地をテストしただけに終わった。
これなら4月になれば寝袋持参で一夜を過すおともできる。携帯用の蛍光灯、枕があれば
熟睡できる。
なあに、足のない女がでても恐れることはない。
南無阿弥陀仏と三回唱えると消えるそうだ。
(8)薪集め・・・・・随分薪を使ったので、山に入り、薪を集めた。いままで使った分をカバーするくらいは
集めた。ありがたいことに朝方、出会った自然観察会指導員のMさんが手伝ってくださった。
この日も合計4名の方がにぎやかしてくださった。
かくれ家の影の主役とも噂されているAさんものぞいてくださった、
昨日の会長、今日の世話人代表と連日のご来賓に感謝感激です。
大人のかくれ家で大切な火の始末を確認して、帰途につく。
そばうち道具のうち、のし台とこね鉢(ボウル)を預けた。それに当面、使わない寝袋も。
帰りはまだ明るい。
松笠観音の参道を入口まで戻ると、目の前に、阿武山と権現山が冬の日を浴びて輝いていた。
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